『うしろに立つ少女』についての考察がいきなり『ラストについて』から始まるのもどうかと思いますが、お許しください。
ここでは、『2』についての考察と言うより、むしろ『2』のファンの皆様についての考察になっております。
と
どうぞ、考察の序章のつもりで御覧下さい。
『うしろに立つ少女』には作品として主に3つの顔があると私は考えています。
3つと言うのは、『推理モノ』『恐怖モノ』『感動(親子)モノ』という顔です。
他にも、『学園モノ』や『青春モノ』。さらに「ギャルげー』といった顔を見られる方もいらっしゃるかとは思いますが、上に挙げた3つの顔は、比較的どなたにでも認めていただけるのではないでしょうか?
そうした複数の面白さを持つこの作品をプレイされた方の感想をネット上や雑誌等で目にする機会にたびたび恵まれます。
そうした感想を読んでいると、この作品をプレイした多くの方が、この作品の『ラスト』を印象深いものとして受け止めていらっしゃるらしいということがわかります。
さて、ここで面白いのは『うしろに立つ少女』における『ラスト』という言葉の使われ方には、個々人で差があるらしいと言う点です。
もっとも、千差万別と言うわけではなく、おおよそ2通り、細かく見ても3〜4通りほど、といったところでしょうか。
だいたい、『うしろに立つ少女』で『ラスト』と呼ばれるのは、鏡の割れるシーンまたは、スタッフロールの直前に流れる万年筆にまつわるメッセージのシーンのようです。
他には、スタッフロールが終わった後で流れる『消えた後継者』の田辺善蔵さんからの電話のシーンを『ラスト』と呼ばれる方もおいでのようです。
NP版では、『ラブラブチェック』を『ラスト』と呼ばれる方もいらっしゃることでしょう。
この『ラスト』という言葉の使われ方を見ていると、大体その方が『うしろに立つ少女』の持つ複数の魅力的な『顔』のどれに惹かれたかが見えてくるような気がします。
鏡が割れるシーンを『ラスト』と呼ばれる方は、この作品のホラー的な面や推理ものとしての部分に惹きつけられた方でしょう。
万年筆にまつわるメッセージを『ラスト』と呼ばれる方は、日比野と浦部の関係に心打たれた方のようです。
善蔵さんからの電話のシーンを『ラスト』にあげられる方は、『うしろに立つ少女』よりも『消えた後継者』に強く惹かれている方でしょうね。
しかしながら、『ラスト』という言葉の意味をきちんと考えるなら、それはもちろん『作品の最後』でしょう。
ところが、『うしろに立つ少女』では、上にも挙げましたように、人によってこの『ラスト』が異なっています。
それはつまり、『ラスト』という言葉の使われ方は、その方にとっての『うしろに立つ少女』がどこで『終わって』いるかを表しているということではないでしょうか。
鏡が割れるシーンを『ラスト』と呼ばれる方にとっては、あの衝撃のシーンまでが『うしろに立つ少女』の本編なのでしょう。
スタッフロール直前のメッセージを『ラスト』とされる方にとっては、スタッフロールの後に流れる善蔵さんからの電話は、いわば『おまけ』のようなものなのかもしれませんね。
そして、その電話のシーンこそが『ラスト』とという方にとっては、そこまで見なければ『うしろに立つ少女』は終わったことにならないのでしょう。
このページを御覧下さっているあなたにとって、『うしろに立つ少女』はいったいどこで『終わって』いるのでしょうか?