ある少女の日記
 

4月6日(水)
「こんにちは、未来の私」
 今日から日記をつけることにする。日記を書くのは久しぶり、小学生の頃はつけていたけど、中学に入ってぱったりとやめてしまった。中学になってまだ日記をつけているなんて子供っぽいとその頃に思ったのが原因。でも、どうしてそんな事を考えたんだろう?日記をつけている大人の人だっていっぱいいるじゃない。でも、もう考えるのはやめにする。私は今日から高校生だから、将来私が大人になったとき、きっと今の私の気持ちを覚えていないから、だから私はこの日記をつけるの。未来の私のために、未来の私が私自身を見失ったとき、私を取り戻すために。だから、
「こんにちは、未来の私」
 いま、あなたは何をしていますか?OLとして社会人を満喫していますか?それとも優しい旦那様を見つけて、かわいい子供と一緒に暮らしていますか?私の子供だって、なんだか想像できない。けど、一つだけ聞きたいな、今あなたは幸せですか?
 いけない、全然今日のことを書いていない。これじゃ日記じゃなくて手紙じゃない。でも、今日は特に書くことが思いつかない。
今日は丑美津高校の入学式だった。
 ただそれだけ、ううん、違った、一つだけ書かないといけないことがあった。仲良くなれそうな子を見つけた。まだ、彼女の名前は知らないけど、入学式の時に彼女を見て直感的に仲良くなれると感じた。どうしてかな?理由は分からない。でも、彼女とは仲良くなれる、そんな気がする。名前はなんて言うのかな?何が好きなんだろう?とっても気になる。
 それと、校長先生が優しそうで良かった。特に挨拶が短かったのが良かった。なんて書いたら先生に悪いかな?でも、先生が語った言葉、結構良かった。口先だけじゃなく心からの言葉だから、だから感動できるのね。校長先生の事は好きになれそうだ。あれ、二つ書いてる。でもいいや、どうせ読むのは私だけだもんね。なんだか眠くなってきたから、今日はこれくらいにしておこう。

4月7日(木)
 やっぱり私の直感は正しかった。なんて急に始めても分かるわけないか。昨日思った通りやっぱりあゆみと友達になれた。あゆみというのは昨日書いた気になる子の名前。彼女は橘あゆみと言う名前だった。どうやら彼女も入学式の時から私のことを気にしていたみたい。それを聞いてはっきりとわかったの。私たちは親友になれるって。
 昨日は長く書きすぎたから今日は短くすますことにしよう。本当はあゆみとどんな話をしたかとか書きたかったんだけど、それを書き出したら多分この日記帳を使いきっちゃう、それは大げさだとしても、私たちはそれぐらい話した。きっと十年来の友達よりもお互いのことを分かり合っていると思う。
 だって、・・・いけない、危うくまた話が長くなるところだった。あゆみとどうやって知り合ったか、それだけを書いておこう。とはいえ、それ程特別な事があった訳じゃない。
 昼休み、図書室を見ておこうと考えた。そこに行ってみると彼女が先に来ていたの。彼女が読んでいた本は、私が以前読んだ事のある本だった。私はこれは仲良くなるチャンスだと考えて声をかけた。少し強引だったかなとも思ったけど、彼女は嫌な顔もせずに読んでいた本を閉じ、
「私も昨日からあなたと話してみたいと思っていたの」
と言ってくれた。それから昼休みが終わるまで、そして放課後に再び図書室に集まって、下校時間が来るまで二人で話した。
 ああ、今回もかなり長くなっちゃった。今日はこれで筆を置きます。でも最後に一つだけ、未来の私に質問します。まだあゆみとの友情は続いていますか?きっと続いているよね?

4月8日(金)
 昨日あゆみと十年来の友達よりも分かり合っているって書いたけど、それは間違いだった。だって、今日私たちの新しい共通点が分かったもの。それは推理小説、私もあゆみも推理小説が好きだと言うことが分かったの。だから、今日はお互いの好きな作家や作品についての話で盛り上がった。人と推理小説の話を特に同年代の女の子とこんなにしたのは初めて、うれしかった。これからもいろいろと話そうね、あゆみ。
 気がつくとこの日記にはあゆみのことばかり書いているみたい。他に書くことは無いかな?あ、そうだ、担任の先生のことを書こう。私とクラス、1年A組の担任は日比野達也先生。英語の先生なんだけどまだ若い先生で結構かっこいいかも。でも、どうしてかな、先生の私たちを見る目、なんだか悲しそう。

4月9日(土)
 今日は半日授業、授業が終わってからあゆみと遊びに行った。でも、行った場所が図書館じゃ遊びに行った内に入らないかな?学校の近くの図書館で、何冊か本を借りた。この図書館は結構大きいからたまにこよう、読みたい本もたくさんあったし、それに何より学校から近いのがうれしい。学校の宿題とかで何か調べ物がある時にはお世話になるかもしれない。

4月10日(日)
 今日は学校は休み。だから、お母さんの料理を手伝った。お母さんにはどういう風の吹き回し?なんてからかわれたけど、いいの。私はもう高校生なんだから、料理くらいできないとね。
 えっ?上手くいったかって?お願い、それは聞かないで。

4月11日(月)
 今日はとてもわくわくする事があった。それは何かって?ふふ、覚えていないの?なら頑張って思い出して。ほら、ここで日記を閉じて、今日何があったか考えてね。未来の私というたった一人の読者に対する挑戦状。読者への挑戦状だって、なんだかエラリークイーンになった気分。

 あれ、思い出したの?まだ?ふふ、仕方ないわね、じゃあ、ヒント。それは私とあゆみで始めたのよ。分かった?そう、探偵クラブ。今日から私とあゆみは探偵になったの。二人で探偵を、よ。
 探偵クラブなんて名前を聞いただけでわくわくしちゃう、こんな提案をしてくれたあゆみに感謝しなくちゃ。今日からこの日記は探偵日記にする。

4月12日(火)
 今日から探偵クラブが始動、と言っても特に活動することはなかった。何か依頼はないのかな?そう思っていたらあゆみが笑って言った。
「誰も私たちの存在を知らないんだから調査依頼なんてあるわけないわよ」
 確かにそうだ。明日から私たちのことを宣伝しよう。

4月13日(水)
 今日は昨日書いたとおり探偵クラブの宣伝をした。とはいえ、先生に見つかるのはまずいから、授業中に回覧という形で紙を回すことしかできなかったけど。
『探偵クラブ設立
   どんなことでも調査します
    連絡は丑美津高校1年   小島 洋子
                 橘 あゆみ まで』
 先生に知られずにたくさんの人に宣伝できる方法、何か無いかな?

4月14日(木)
 結局探偵クラブとしての仕事はなかった。あゆみと二人で今後のことを話し合うために学校に遅くまで残ったけど、何も良い案は出なかった。まあ、半分以上は関係のない話をしてたんだけどね。
 そうだ、忘れるところだった。今日、不思議な光景を見た。校長先生が泣いていたの。実際に涙を見たわけではないけど、あれはきっと泣いていたに違いない。今日、あゆみと遅くまで残った後、二人で帰ろうとしたんだけど、私は教室に忘れ物をしていることに気づいたから、あゆみには校門で待って貰って忘れ物を取りに戻った、その時に校長先生を見たの。校長先生は廊下の大鏡の前で一人たたずんでいた。そして鏡の表面を撫でているようだった。先生は私のことに気づかなかったのかな、後ろから声をかけるとすごく驚いたみたい。先生があまりにも驚いたから私は悪いことをしたのかと思ったくらいだった。私が、
『どうしたんですか?』と聞くと先生は、
『少し昔を思い出していたんです』と答えたの。
私が、
『なにか悲しい思い出ですか?』と聞くと、(だって、鏡に向かっていた先生の背中が泣いているように見えたから)
『ええ、昔、そう、丁度君たちが生まれた頃、この学校の在学中に死んだ生徒がいましてね、その子のことを思い出していたんです』
『校長先生にとって大事な生徒だったんですか?』
『私にとってはすべての生徒が大事な生徒です』ですって。でも、校長先生が言うと嘘には聞こえないのよ、きっと本当にそう思っているのね。
『その生徒は今ぐらいの時期に亡くなられたんですか?』
 先生は無言で首を横に振って、
『いいえ、全然違います。でも、もう遅いから、早く帰りなさい』
 その言葉で私はあゆみを待たしていることを思い出し、先生に頭を下げてあゆみの元に戻った。でも校長先生のこと、なんだか気になる。

4月15日(金)
 今日は日記を書いている暇がない、もう、どうして国語と英語と数学の宿題が重なるの?それも、全部提出日は明日だし。はああ、今日は徹夜かも。

4月16日(土)
 昨日あんなに苦労して宿題をしたのに、数学の宿題を先生が集めなかった。どうやら先生が忘れていたみたい。こんな事なら昨日1時までかかって宿題なんてするんじゃなかった。先生がいなくなってから何人かの男子生徒が喜んでいたけど、私はがっかり。でも、先生に宿題を集め忘れてますよ、とは言えないのよね。

4月17日(日)
 今日もお母さんの手伝いをした。今日は料理だけじゃなくて掃除と洗濯の手伝いもしたのよ。ねえ、未来の私は家事が得意になってるの?なんだか信じられないな。

4月18日(月)
 今日はあゆみと探偵クラブについて大事な話をした。
 探偵クラブの活動方針を見直したの。誰かの依頼を受けるんじゃなくて、私たちが疑問に思ったことを調べることにした。月の初めにお互いが疑問に思うことを発表しあい、相手の疑問を解決するために調査をする。そして、毎週土曜日にお互いの調査結果を発表する、これを一ヶ月続ける。もちろん、誰かから調査依頼を受けたらそれを二人で調べる。今日あゆみと話し合ってそう決まった。今回私が調べるのは旧校舎の壁について。あゆみは大鏡について、これは私が頼んだんだけど、理由は校長先生の姿が忘れられなかったから。何故かその理由はあゆみに言えなかったけどね。

4月19日(火)
 今日から探偵クラブが本格始動、あゆみの疑問に思っていた旧校舎の壁を見に行った。確かに一カ所だけ色が変わっていた。どうやら後から塗り直したみたい。でも、これだけで調査が終わりだと芸がないので明日はその壁をいつ、誰が塗り直したのかを調べることに決めた。あゆみが望む以上の調査結果を報告して驚かせてみせるんだから。

4月20日(水)
 あの壁を塗り直したのは用務員の田崎さんみたい。何でも15年前、旧校舎の壁が崩れたときに校長先生に直しておくように頼まれたらしい。でも、田崎さんって意外、とっていったら失礼かもしれないけどすごい人かもしれない。だって、あの壁を15年前に塗ったっていう事を覚えているだけでもすごいのに、11月10日の21時頃に塗ってたなんて、普通は覚えていないもの。だけど、どうしてかな、それを言うと田崎さん、急に怒り出したのよね。最後に一言『疑うのなら校長に聞いてみるとええ、わしが壁を塗っている間に何度か様子を見に来てくれたからな』だって、私何か悪いことを言ったのかな?

4月21日(木)
 昨日、日記を書いていて気づいたことが一つ、どうして田崎さんはそんな時間にあの壁を塗り直したりしたんだろう?今日はその事について調べるつもりだった。
 でも、今日はそんなことを調べる時間がなかった。私は時間があったんだけど、いくら探しても田崎さんを見つけられなかったから。田崎さんどこに行ったんだろう?もしかして、昨日のことで避けられてるのかな?

4月22日(金)
 今日も田崎さんの姿を見ることはできなかった。
 代わりに校長先生に話を聞こうかとも思ったんだけど、つい、先週の姿を思い出してしまってどうも話しづらい、
 明日は初めての探偵クラブの発表だから、そっちに集中してしまってまだ宿題に手をつけていない。どうしよう時計を見るともう12時だ。え、12時!?まずい、本当に宿題をしないと間に合わない、今日はここまで。

4月23日(土)
 結局宿題は間に合わなかった。
 でもいいの、探偵クラブの報告はきちんとできたから。さすがにあゆみにはあきれられたけどね。こんな報告書を作るくらいなら宿題を先にやりなさいって、確かにその通り、かも。

4月24日(日)
 今日も家事手伝い、ここ最近、調査結果をまとめたり、宿題したりであまりお母さんの手伝いをできていないから、こんな日くらいはきちんとお手伝いをしないとね。

4月25日(月)
 今日、調査の途中で面白い子に出会った。名前は河合ひとみちゃん、何でも世界最強の男を目指してるんだって、あ、書き忘れてたけど、ひとみちゃんは男の子なの。
 ひとみちゃんは私と同じクラスだったんだけど、今まで話した事は無かったの。とはいえ、彼はクラスでもかなり目立つから、名前だけは知っていた。
 今日の昼休み、教室から旧校舎に行く途中で、急いでいたものだから、階段から足を踏み外したの。そしたらひとみちゃんが倒れている私を見つけてくれて、私が足を挫いている事に気づくと、肩を貸して保健室まで連れて行ってくれた。今日はありがとね、ひとみちゃん、とっても感謝してるよ。
 ふふ、ひとみちゃん(本人の前でこう呼ぶと怒られるけど、でもいいよね、かわいいし)を明日あゆみに紹介しよう、あゆみどんな反応をするかな、今から楽しみ。

4月26日(火)
 ひとみちゃんを紹介したときのあのあゆみの表情、今思い出しても笑っちゃう。
 あゆみには新しい友達のひとみちゃんを紹介するとしか言わなかったから、てっきりひとみちゃんのことを女の子だと思っていたみたい。というか、そう思わせていたんだけど。でも、予想通りの反応だった。河合ひとみという名前からイメージする姿と現実のひとみちゃんの姿のギャップがねえ、だってひとみちゃん、そり込みを入れてるし眉毛も剃ってるし、でも、意外と優しいのよ。あゆみとも仲良くなって欲しいな。
 

 ぱらぱらとページをめくり、内容を流し読みする。日記の内容は高校生らしく、学校の友達の話や悩み、未来の希望などがつづられていた。どんどん読み進め、9月21日まで来たところで、ふと目に付いた言葉があった。その日の最初から読み返す。
 

9月21日(水) 
 今日は朝からこの日記を書いている。昨日の夢がなんだか気になって、今のうちに書いておかないといけない気がしたから。

 夢の中で私は、学校の廊下を一人で歩いていた。すると、うしろから私を呼ぶ女の子の声がした。
 ふり返るとそこに血まみれの少女が立っていて、私にこう言った。
「・・・助けて、ここから出して・・・」
 そう言って 消えちゃった。
 なんだか悲しそうだな、そう思ったら目が覚めた。
 私は不思議と怖いとか感じなかったし、彼女が知っている人のようにも思えた。
 いったい、何だったんだろう?
 

 今朝見た夢のことを学校で考えていた。それは丑美津高校のある噂にそっくりだった。どうしてこんな夢を見たんだろう、あんな夢を見るまでこの噂の事なんて忘れていたのに。でも、この話は不思議、だって、怪談の本場は夏なのに、この話は今ぐらいの時期に良くされるんだから。

一人で 教室にいると、うしろから誰かの呼ぶ声がする・・・。
ふり返るとそこに・・・、血染めの少女が、立っている・・・。

一人でろうかを歩いているとうしろから誰かの呼ぶ声がする・・・。
ふり返ると誰もいない・・・。
気のせいだと思って元通り前を向くと・・・。
目の前に、血染めの少女が立っている・・・。

 これが今日みんなから聞いた噂、こうやって聞くとなんだか気味が悪いけど、私が夢で見たときは怖いという感情はなかった。どっちかというとかわいそう、そう、そんな気持ちになった。
 あの子は私の夢の中で『・・・助けて、ここから出して・・・』って言っていたから、きっとどこかに閉じこめられているんだ。どこにいるんだろう?できるなら、助けてあげたい。

 明日はこの噂、うしろの少女について調べよう。

9月22日(木)
 今日、駒田先生に会ってうしろの少女について聞いてみた。どうやらうしろの少女の噂は15年ほど前から囁かれ始めたらしい。15年前、この年数は確かだと言うことだった。この頃に何かあったのかな?駒田先生何か知らないかな?でも、今日だけでも十分怪しいのに、これ以上聞くと不審に思われそう。何故かそう思われることは避けた方がいいという気がする。学校の周辺で起こったことには違いないから、明日図書館で昔の新聞でも調べてみよう。

9月23日(金)
 今日は秋分の日、朝から図書館に行った。
 15年前の新聞を調べ、学校の周辺で大きな事件がないかを調べた。多分秋頃の事件だろうと思い、9月から12月の初めまでの新聞を調べた。その中でうしろの少女の噂になりそうな事件をいくつか見つけたけど、特に興味を引いたのは金田源治郎という男性の殺された事件。初めは殺されたのが49歳の男性と言うことで読み飛ばしていたけど、それらしい事件が見つからず、記事を一から読み返した時に丑美津高校の女子学生が事件に関わっていることが分かった。その学生の名前は載ってなかったけど彼女は事件の直後に失踪しているらしい。うしろの少女の噂に一番合致する事件がこの、丑美津高校の女生徒失踪事件だと思う。
 金田源治郎殺害事件の記事をコピーしてファイルすることにする。図書館からの帰り道、ノートを一冊買った。

9月24日(土)
 今日は朝から嫌な天気だった。天気だけじゃない、今日一日、不思議な考えが頭から離れない、嫌な気分だ。もしかして、あの人が浅川しのぶ失踪に関わっているの?とても考えられないけど。でも、15年前、これって旧校舎の壁が塗り直された時期と一緒なのよね。しかも、田崎さんの言葉を信じるなら、丁度金田源治郎が殺されたときに塗られた。これって偶然?
 急に浅川しのぶという名前をだしたけど、これは授業が終わってから学校の図書館で13年前から15年前までの卒業文集を調べた結果。13年前の文集に失踪した少女の事が書かれていた。そこに書かれていた少女の名前が浅川しのぶ、浅川しのぶは、この文集を書いた人と同級生で、浅川しのぶは高校一年の秋に姿を消したと書かれていた。年代も合うし多分間違いない。金田事件の後行方が分からず、うしろの少女のモデルになった少女というのはこの浅川しのぶだ。
 一つ確認をするためにも明日もう一度図書館に行ってみないと。

 なんだか食欲がない。晩ご飯を大分残してしまった。こんな事じゃお母さんに心配をかけちゃう。

9月25日(日)
 今日、図書館で15、6年前に亡くなった丑美津高校の生徒はいないかを調べた。でも、そんな人物はいなかった。じゃあ、あの時のあの人の言葉、これはやっぱり金田事件で失踪した女生徒のことだったのかも、でも、記事の何処を捜してもこの生徒が亡くなったという事実は載っていない。あの人は最後まで希望を捨てない、そんな気がする。死体が見つかるまで、彼女が死んだことを認めないんじゃないかな。とすると、あの人は彼女が既に亡くなっていることを知っていると言うことにならないかしら?ということは、あの人が・・・
 駄目だ、とても信じられない。それに、いくら何でも発想が飛躍しすぎている。私が知らない間に浅川しのぶが亡くなっていると言う報道が合ったのかもしれないじゃない、それとも、報道はされず、関係者だけに伝えられていた可能性もある。それは分かってる。分かってるんだけど、・・・。
 あゆみ、ごめんね。この話、あなたにも言えない。例え、私の考えが的はずれでも、ううん、的はずれだと思うけど、例えそうだとしてもやっぱり言えないの。ごめんね、あゆみ。いつか、この事を笑い話として話せるときが来るのかな?

9月26日(月)
 今日、うしろの少女の事で、不思議なことを聞いた。その噂を最初に言い出したのは葉山先生だという話だ。でも、先生ってまだ30歳位じゃなかったかしら?この噂が、囁かれ始めたのは15年前なんだから当時、先生はまだ高校生、もしかして先生はこの学校の卒業生だったのかも、そう思って葉山先生に話を聞きに行った。やっぱりその通りだった。
 先生は15年前の11月10日午後10時に、学校の中で血まみれの少女を見たらしい。丁度、日付も一致する。やっぱりうしろの少女は浅川しのぶだったんだ。
 でも、先生がその日学校で浅川しのぶを見たと言うことは、犯人は学校関係者?それにもしかして今も、浅川しのぶは学校にいるの?だとしたら、何処に?そういえばあの時、先生はどうしてあんな所にいたんだろう?もしかして、あの場所に?

9月27日(火)
「あゆみ・・・、あのうしろの少女の事だけど・・・、彼女本当に・・・、あなたのうしろに立っているかも、しれないわよ・・・」
 これは私が今日あゆみに言った言葉。これは私の推測から出た言葉、でも、私は確信している。きっと、浅川しのぶはあの場所にいる。
 私は放課後、浅川しのぶの高校時代の友人、桂木良子さんの家を訪ねた。良子さんはどうして私が家までたどり着いたのか、不思議に思っているようだった。彼女のことは学校の図書室においてあった13年前の卒業アルバムから知った。桂木良子さんの旧姓が朝井だったから、もしかして浅川しのぶの友人だったのではないかと考えた。彼女と同じように出席番号の近い女性の家の何件かに電話をかけたが、何件かは引っ越してしまい連絡が付かず、何件かは浅川しのぶの名前を知らなかった。そんな中で、浅川しのぶの友人だった彼女の実家がそのままで引っ越していなかったのは幸運だった。
 桂木良子さんの家に伺い、浅川しのぶと金田親子の関係や、浅川しのぶの幼なじみ、内田の存在を知った。何故だか内田の事が気になる。どうしてだろう?

9月28日(水)
 内田の事が気になる理由が分かった。金田事件の容疑者の名字も内田だったんだ。これは偶然だろうか?確かに内田なんて名字珍しくも何ともないけど、でも、偶然なんかじゃない気がする。金田事件の犯人は浅川しのぶ失踪に関わっているはずだ。そして、浅川しのぶはあの日学校に連れてこられた、しかも血まみれの姿で。つまり、金田事件の犯人は学校の関係者と言う事になる。でも、学校の関係者で金田源治郎に恨みを持っていた人物なんているの?もし、浅川しのぶの幼なじみだった内田が、金田事件の容疑者だった内田と関係があるなら、幼なじみの内田には動機があり、そして学校とも関係がある。犯人は内田?でも、もしそうなら、あの時のあの人の行動は?あの人についてもう少し調べてみる必要があるかもしれない。

9月29日(木)
 用務員の田崎さんに15年前の夜の事を聞いた。でも、今回は前の時とは違う。私はもうあの事件について知っている。あの証言が嘘だと言う事も分かっている。あれは嘘のアリバイだった。田崎さんの反応でその考えが正しい事は分かった。でも、それは田崎さんだけではなく、あの人のアリバイがない事も証明してくれる。犯人は内田なの?それとも、・・・。
 私には分からない・・・。

9月30日(金)
 図書館で卒業アルバムをもう一度見た。そしてその中に、信じられない人を発見した。何度も確認したから間違いはない。それは桂木さんがまだ一年の頃の春の遠足の写真、つまり、まだ浅川しのぶが金田五郎と付き合いだす前、桂木さんに言わせれば彼女がまだ素直だった頃の写真、桂木さんと浅川しのぶは並んで弁当を食べていた。そして、浅川しのぶのその隣にその人物は写っていた。今のあの人からは信じられないような明るい笑顔で、あの人は写真の中に存在した。けど、あの人は3年後の卒業時の集合写真には写っていなかった。あの人が内田なの?確かにもし内田の子供なら、今は別の名字を名乗っていてもおかしくはない。となると犯人は、でも、・・・
 もう駄目、我慢できない、いつまでもこんな事を考えていたら頭がおかしくなりそう。明日、この事を直接本人に聞いてみよう、そして、私の勘違いだったと笑い話にするんだ。
 そうだ、最近あゆみを避けていたから謝らないと、きっと心配していたはずだ。埋め合わせに何かおごってあげよう。そして、その時にこの話をして二人で笑い合おう、うん、そうしよう。あさっての日曜日に、あゆみを誘ってどこかに遊びに行くんだ。待っててねあゆみ、ここ数日の分二人でいっぱい遊ぼうね。
 
 

 男は読み終えたばかりの少女の日記を静かに閉じた。そして、先ほど川に流したばかりの少女の姿を思い浮かべた。その体は驚くほど冷たく、数時間前まで体温を持っていたとはとうてい信じられなかった。その為、彼は川に流すなどという恐ろしい事ができたのだ。生命を持っていたという実感が沸かなかったから。しかし、この日記を見て、彼はその少女が確かに生きていた事を知った。そして、例え大事なモノを守るためとはいえ、自分自身の犯した罪の深さをはっきりと実感したのだ。いや、15年前からその事は知っていたのかもしれない、ただ、見ない振りをしていただけで、それをこの日記ははっきりと教えてくれた。しかし、もう遅い、もう、後戻りはできないのだ。許してくれ、この日記があるとまずいのだ。
 許してくれ、私は今からこの世に唯一残った君の心とでもいうべきモノをなくさないといけないのだ。
 許してくれ、もうそれだけしか言えない。
 許してくれ、許せるわけがない事は分かっている。でも、許してくれ。
 男はポケットからマッチを取り出すと少しためらった後、少女の日記帳に火を点けた。男は最初は小さく、そしてゆっくりと大きくなっていく火を見つめていた。
『こんにちは、未来の私』
 不意に男の頭の中に文字が浮かんだ。それは今では勢いよく燃えている日記の冒頭部分の言葉だ。
『こんにちは、未来の私』
 日記帳はすでに灰になっていた。しかし、その言葉はいつまでも男の頭から燃え尽きる事は無かった。
『こんにちは、未来の私』
 男の頬を一筋、何かがこぼれ落ちた。それが、先ほどから降り続いている雨なのかは分からない。しかし、男の頭の中ではいつまでもその言葉が鳴り響いていた。
・・・こんにちは、未来の私・・・
・・・こんにちは、未来・・・
・・・こんにちは・・・
・・・
・・