冷たい3月雨・後編
 
 

−BGMには狩人「青春物語」(昭和53年3月)がいいでしょう−
 

前編から続く・・・





僕は事務所を飛び出した。
あゆみちゃんを・・・捨てた。
僕は今、新大里駅への道を走っている。
この雨に濡れながら・・・
いつまでも事務所で、あゆみちゃんを前に葛藤と戦っていたのでは苦しさのあまり発狂しそうだった。
あの時は、ただ、その苦しみから逃げたい一心だった。
「う・・・うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・!!」
僕は、苦しみのあまり、走りながら大声で叫んだ!
その声は、雨の街にこだました。
事務所から飛び出しても、あゆみちゃんの姿が見えなくなっても、葛藤の苦しみから逃れる事など、出来なかった。
苦しみを抱いたまま、僕は新大里駅にやって来た。

雨の新大里駅、僕は牟田までの切符を買いホームに出た。
さっきは、あゆみちゃんを衝動で捨ててしまったが今になって、あゆみちゃんが、また気になった。
”今なら間に合う、あゆみちゃんのために引き返そう。”
”いや、だめだ、三津子ちゃんが僕を待っている。”
『間も無く3番線に普通列車、河野沢行きが参ります。』
”電車に乗るべきだろうか・・・引き返すべきか・・・。”
僕はそんな事を考えながら乗った。
乗ってしまえば、あゆみちゃんを振り切れる、そう思った。
”あゆみちゃんは大丈夫だろうか・・・?”
駄目だ、振り切るなんて出来ない。
やっぱり、あゆみちゃんの事が気になる。
”いや、今の三津子ちゃんには僕が傍にいてあげなくちゃいけない。”
”妹が困っている時に何もしてやれなくて、何が兄さんだ!”
僕は必死に心を鬼にし、あゆみちゃんを脳裏からも振り切ろうとした。
”だめだ・・・やっぱり気になる。”
”あゆみちゃん、意地張ってても、そんなに強くないもんな・・・”
やっぱり僕は、心の底からあゆみちゃんを捨て去る事など、出来ない・・・
”あゆみちゃん・・・早まったことはしないでくれ・・・”
”僕は三津子ちゃんを放って置けないんだ!許してくれ、あゆみちゃん。”
あゆみちゃんを気にしながら電車に揺られて10分、僕は牟田駅についた。
牟田駅に着いた時、雨は、一層強く降り出した。
とうとう来てしまったんだな。
こうなったらもう迷わん!三津子ちゃんの所へ行こう!
雨の降る牟田駅に降りた僕は三津子ちゃんの待っている、かもめ荘へ向かった。
しかし、まだ気になる・・・あゆみちゃんが・・・
やっぱり、あゆみちゃんも、僕にとって・・・大切な人なんだな。
でも、僕はもう来てしまったんだ。
 

僕は今、駅前の商店街を歩いている。
相変わらず、ここは賑わっている。
”そうだ、三津子ちゃんに何かいいものでも買っていってあげよう。”
そう思った僕は、すぐ近くの青果店に立ち寄った。
「すいませーん。」
「はい、いらっしゃい。」
年配のやせたおばさんが出てきた。
「このメロン2つ下さい。」
僕は7000円を払った。
「7000円ね。はい、どうも。・・・あれ、あなた浮かない顔してるわね。恋人と喧嘩でもしたの?」
「そ、そんな、気のせいですよ。」
「まあ、いいけど、恋人は大切にしなさいよ。」
「はぁ・・・」
「あら、びしょ濡れね。傘はどうしたの?」
「えっ・・・あ・・・」
本当のことなど僕に言えるはずがなかった。
「ははぁ、恋人と喧嘩して飛び出して来たね!?」
「えっ・・・あ、その・・・」
「ふふふ、図星みたいね。よかったら、この傘、持ってってよ。」
「おばさん・・・ありがとうございます。」

『恋人は大切にしなさいよ。』
おばさんの言葉が脳裏に焼きついたあゆみちゃんをさらに大きくした。
商店街を歩く僕、酒屋の前を通った時だった・・・
「オウ!兄ちゃんよ!酒はいらねえか!恋のうさをぶっ飛ばすにゃ酒が一番でぃ!」
酒屋の店主が、大声で僕に話し掛けてきた。
「あの・・僕・・・まだ未成年ですけど・・・」
「そいつは残念だ!大人になったら買ってくれよーっ!俺は待ってるぜぃ!」
みんな恋人恋人って、僕の顔にそんなにハッキリと出てるんだろうか?
僕は、今度は古い精肉店に立ち寄った。
「ヘイ、いらっしゃい!」
ここの店員も、さっきの酒屋と同じような、ごついおじさんだ。
「これは上等な牛ロースだな。100g1000円か・・・」
「おっ!あんた、彼女の所へ行くんだね!?ならこっちの特上のステーキ用にしな!男はケチじゃカッコ悪いぜい!」
「えっ!いや、僕は・・・その・・・」
「なーに、言わなくても解ってるって。」
「はあ・・・じゃあ、それを300g」
「あいよっ!6600円ね・・・6000円でいいぜ!」
「あ・・・ど、どうも。」
僕は6000円を払った。
「毎度ありがとう!」
誰にも僕の心を見透かされているみたいだ。
僕って隠し事が下手なんだな・・・
いや、それほどまで僕にとって、あゆみちゃんは・・・そして、三津子ちゃんも・・・
僕は、これだけ買えば、もう充分と思ったその時。
「これだけあればいいだろう・・・・・あっ!こっ!これは!」
とある食料品店で僕の目に思わぬものが飛び込んだ。
【大日本帝国印東郷海軍ラーメンしょうゆ】【大日本帝国印大山陸軍ラーメンみそ】
懐かしい、僕と三津子ちゃんが孤児院にいた頃、大好きだったラーメンだ!
僕は1袋3人前350円のラーメンをみそとしょうゆを3袋ずつ買い込んだ。
よし、これでいいだろう、三津子ちゃん、しっかり栄養とってくれよ。
気が付けば、夕暮れ時だった。
僕は商店街を出ると、裏通りに入った。
雨だけでなく風もまた、その強さを増していた。
僕は、強い風に吹かれながら、三津子ちゃんが待っているかもめ荘への道を歩きつづける。
住宅街を歩く僕、その間にも陽は沈んでゆく・・・
裏通りの住宅街にある古い弁当屋が見えてきた。
その角を曲れば、長い坂道になっていて、その坂の上には、かもめ荘がある。
弁当屋の前に来た時、すっかり陽も落ちた。
かもめ荘に続く坂道を登りきった時、僕は後ろを振り返ると街の灯りが綺麗に灯っていた。
 

そして、僕の前にかもめ荘が見えてきた。
三津子ちゃんが住んでいる5号室は2階だ。
2階の三津子ちゃんの部屋に灯りが見える。
「三津子ちゃん、待ってろよ。」
僕は2階の三津子ちゃんの部屋の前に来た時だった。
僕が事務所から飛び出した時の、あゆみちゃんの、あの淋しそうな顔が、僕の脳裏に浮かんだ。
やっぱり、あゆみちゃんが気になる・・・・・帰ろう!
「直哉君・・・来てくれたのね!」
その時、僕に気付いた三津子ちゃんがドアを開けに来た。
早く戻るんだ!まだ間に合う!
僕は商店街で買い込んだ食料を玄関先に置いて、傘も持たずにあゆみちゃんの所へ戻ろうと駆け出した。
「うわあぁぁぁっ!!」

ダダダダダダダダンッ!!

「ぐうっ!!・・・ううっ・・・」
僕は一瞬めまいがして、アパートの階段で足を踏み外し、転げ落ちた。
だけど、今はそんな痛みなんて構っていられない。
その時、階段から落ちた僕を上から三津子ちゃんが見ていた。
「直哉君・・・」
「み、三津子ちゃん・・・ごめん・・・!」
三津子ちゃんに背を向けて僕は、一目散に走り出した。
「直哉君・・・直哉くーん・・・!!」
後ろから三津子ちゃんが僕を大声で呼び止めた。
だが、僕はそれを振り切って、牟田駅への道を走る。
まだ3月の冷たい雨が僕を激しく濡らす。
雨の街をひたすら走り、僕は牟田駅に着いた。
『間も無く5番線に、快速列車、克巳行きが到着します。』
幸いにも待つことなく、僕がホームに出た時、電車はやって来た。
そして牟田駅から7時52分発の、その克巳行きの快速列車に乗り新大里へ・・・
電車の中で僕は体の異変に気が付いた。
「ううっ・・・さっ・・寒い・・!」
そういえば、三津子ちゃんのアパートに着いた時も、少し寒気がしてたな・・・
その後、更に大雨に打たれたせいか、僕は、ものすごい寒気に襲われた。
「あ・・・・あゆみ・・・ちゃん・・・」
そんな寒気の中でも僕は、あゆみちゃんの事ばかりを気にしていた。
電車に揺られたのは7・8分。
それは、とてつもなく長い時間だった。
あゆみちゃんへの想いと焦り、寒気と頭痛が、その間、僕を襲った。
新大里で降りた僕は、真っ先に事務所へ走った。
一歩踏むごとに僕の頭に激痛が走るその上、寒気までひどくなってきた。
「はあっ・・・はあっ・・・ぁぁぁ・・」

バタン!

僕は倒れた、もう一歩も動けない・・・・・
意識が薄れて行く・・・・・
だけど、ここで倒れるわけにはいかない・・・
僕は必死に起き上がろうとした。
「うっ・・・うわぁぁぁっ!!」

ガラガラガラ・・・ザザーン!!

よろめいた僕は坂を転げ落ち、川に落ちた。
もう駄目だ・・・これ以上動けない・・・
川は容赦なく水位を上げてゆく・・・
僕が流されるのも時間の問題だろう。
僕は両親を知らないまま死んでしまうのか・・・・・
もはや、僕にはどうする事も出来なかった。
 






 

「・・・哉君・・・直哉君・・・・・・」
「・・・・う・・・ん・・・・」
「直哉君・・・気が付いた?」
はっ!ここは何処だ!・・・あの世ではなさそうだが・・・
「・・・直哉君・・・直哉君・・・・・・」
「えっ・・あ・・・あゆみ・・・ちゃん。ここは・・・?」
「事務所よ。」
僕はどうやって助かったんだろう?
「確か僕は、新大里駅の近くで倒れて川に・・・それから何も覚えていない・・・」
「ここまで運ぶの大変だったんだから。」
「ああっ、三津子ちゃん。どうして・・・?」
「三津子ちゃんが私に知らせてくれたの。」
「実は・・・」





−直哉が倒れてからの出来事−
 
 

夜10時前、事務所の電話が鳴り響いた。
「は・・・はい、空木探偵事務所・・・」
『あっ!その声はあゆみさん?私、三津子です。』
「あなたは・・・一体こんな時間に何の用!?」
まだ、あゆみは三津子への怒りがおさまらない。
「あ、あの・・・」
三津子は脅えて声が震えた。
「もういいの、私の負けよ。直哉君と・・・幸せに暮らしなさい。」
『そ、それが直哉君が、真っ青な顔で傘も持たずに飛び出してしまったんです!』
「えっ・・・!?真っ青?それに傘も持たないなんて・・・」
あゆみの、直哉を想う気持ちが、いつの間にか三津子への嫉妬心を消していた。
「直哉君の行く先に心当たりはあるの!?」
『多分、あゆみさんの所へ戻ろうとして・・・』
「来てないわよ・・・じゃあ・・・もしかして・・・!!」
『やっぱり直哉君に何かあったんだわ!私も今から行きます!』
「私、新大里で待ってるわ。」
三津子が電車に乗ったのは10時15分。
既に直哉が倒れて2時間近く経過していた。
「あゆみさん・・・さっきはごめんなさい・・・私、その・・・」
三津子が新大里駅に着くとあゆみが待っていた。
「そんな事はいいから、早く行くわよ!」
「は・・・はいっ。」
あゆみと三津子は直哉を捜して雨の大里市を走り回った。
そして、間も無く直哉が見つかった。
「あっ!あれは!・・・見て、三津子ちゃん、あんな所に直哉君が!」
あゆみは川に落ちている直哉を見つけた。
川は雨で増水していた。
直哉の体は岩に上半身乗りあがった格好になっていた。
岩に引っ掛かって、幸いにもそれ以上流されることはなかった。
しかし、直哉に意識は無かった。
「ああっ、直哉君・・・私のために・・・」
三津子は直哉の変わり果てた姿を見て泣き崩れた。
「泣いてる場合じゃないでしょ・・・しっかりしなさい!」
だが、あゆみも泣いていた。
あゆみは朝、嫉妬心から我を忘れた自分を恥じた。
「一緒に引き上げるわよ。」
「は・・・はいっ・・・」
直哉のために、二人の心が一つになった。今朝のわだかまりは、もう無くなっていた。
あゆみと三津子は、川岸のコンクリートの上に立った。
「うわっ・・・す、凄い流れ!直哉君、大丈夫かしら・・・」
「三津子ちゃんは、ここにいて。私が飛び込むわ!」
「あ・・・あゆみさん、命綱は・・・!?それに、飛び込むなら私が!」
「そんなの探してたら間に合わないわ!」
「でも・・・そ・・・それなら私も行きます。」
「私にやらせて、三津子ちゃんには、散々引っ叩いた借りがあるから・・・私にやらせて欲しいの。」
あゆみは激流に、飛び込んだ。
直哉が乗り上げている岩までは、あまり距離は無い。
しかし、激流を泳ぐあゆみにとっては、その距離が長く感じた。
「あ・・・あゆみさんって、本当に優しい人・・・それに、なんて強い人なの・・・私なんか・・・」
激しい雨と風の中、激流を泳ぐあゆみを見つめて三津子は小さくつぶやいた。
その間にも、あゆみは直哉の乗り上げている岩に辿り着いた。
「直哉君・・・しっかり!」
「ううう・・・あ・・・あゆ・・み・・ちゃん・・・」
一瞬直哉は僅かに目を開いたが、やはり、意識はもうろうとしていた。
間も無く、直哉は再び意識を失った。
あゆみは、意識の無い直哉とともに、再び激流に飛び込んだ。
そして三津子のいる川岸まで運ぼうとした。
「きゃあっ!!」
川岸にあともう一歩の所で、あゆみの体は激流に一気に流されかかった。
しかし、それでも直哉を離さなかった。
「はっ!あゆみさん、危ない!」

ガシッ!

三津子は一杯に手を伸ばして、あゆみの手を握った。
「三津子ちゃん・・・私はいいから、直哉君をお願い!」
「そんな、あゆみさんは・・・」
「早くしなさい!私は自分でなんとかするわ!直哉君は気を失ってるのよ。」
「は、はいっ!・・・ううっ・・・」
三津子は、あゆみから手を離し直哉を引っ張り上げようとした。
三津子があゆみから手を離すとあゆみは、激流に流された。
「きゃああああっ!」
「あ、あゆみさんっ!・・・」
三津子は、力を振り絞った。
「うううっ・・・お、重いっ・・・!」
だが、三津子は栄養不足で力が入らなかった。
「でも、私が、やらなきゃ・・・ううっ!」
三津子は必死に直哉を引っ張り上げようとするが、直哉の体は一向に上がらない。
三津子の力では、直哉が流されないように持ち堪えるだけで精一杯だった。
「ううっ・・・も、もう、駄目っ・・・」
逆に三津子の方が直哉の重さと川の流れに引っ張られて、川へ引きずり込まれようとしている。
直哉を支えている三津子まで激流に飲まれようとした時だった・・・
三津子の後ろに誰かの手が・・・
そして、その手が、三津子の後ろから直哉の手を掴んだ。
「あ、あゆみさん!」
後ろにあゆみが立っていた。
「よく頑張ったわね。さあ、一緒に行くわよ!」
「は、はいっ!」

ザザァッ!!

あゆみと三津子は、ついに直哉を川から引っ張り上げた。
「さあ、まだ終りじゃないわよ。」
あゆみは、直哉を背負って歩き出した。
「おっ、重いっ!さっきまで、こんなに重くなかったのに・・・」
「あゆみさん、私も手伝います。」
「ありがとう。でも、無理しないでね。」
あゆみと三津子は意識の無い直哉を背負い足を引きずるように事務所に戻ってきた。
 
 

−現実に戻る−
 
 

「それから直哉君、丸一日眠ってたのよ。」
今、三津子ちゃんに言われるまで、気が付かなかった。
よく見ると事務所の日めくりは3月27日になっていた。
そうか、そんな事があったのか・・・
岩の上で、激流の中で気が付いたことなんて、覚えてないな・・・
「ごめん、僕のために・・・」
「ううん、直哉君が謝ることないの・・・こうなったのも、私のせいだから・・・」
「あゆみさんのせいじゃないわ。私が直哉君に無理なお願いしたのがいけなかったの・・・」
「もう、いいんだ。僕は君達が仲良くなってくれたのが嬉しいよ。」
何はともあれ二人のケンカがおさまって良かったよ。
「ちょっと、体温計を見せて。」
僕は脇の下の体温計を取り出した。
「37度3分だよ。」
「もう少しね、でもおとといよりはうんと良くなったわね。ねっ、あゆみさん。」
「そうよ、直哉君、40度以上もあったんだから。」
体は、まだ重いけど清々しい気分だ。
「私、三津子ちゃんに嫉妬してたみたい。」
「そうなのよ、そんなことで私、往復ビンタを何回もやられたの。もう、ひどいわ・・・」
三津子ちゃんは、そうは言いながらも笑っていた。
「だって、あの時は私、直哉君が本当に三津子ちゃんと一緒に私の知らない所へ行っちゃうんじゃないかって・・・」
「まさか・・・直哉君は私の恋人じゃなくて、兄さんなんですよ。」
「はははは・・・あゆみちゃんってとことん土壇場まで想い詰めると信じられないほど人が変わるから。」
「ほんと、あの時のあゆみさんって怖かったわ・・・でも本当は優しい人なのね。」
「うん、僕も実は2年前に、睡眠薬を・・・」
「だめっ!直哉君、それは言わないで!」
僕はこんな雰囲気を望んでいたんだ。
「あの激流の中のあゆみさん。とっても強かったし、優しかったわ。」
「私、今思い出すと怖いわ・・・どうしてあんな激流に飛び込めたんだろ・・・?」
「それ、直哉君のことを想えばこそ出せた勇気だったんですよ。」
「ちょっと三津子ちゃん・・・直哉君の前よ・・・!」
あゆみちゃん、急に真っ赤になった。でも、嬉しいな。
「直哉君が私のために死にかけたのよ!私だって・・い・・・命を懸けなきゃ女がすたるわよ!」
赤面したまま、あゆみちゃんが精一杯意地張って照れを隠してる。
でも、本当に嬉しい。あゆみちゃんが僕のために命懸けであの激流に飛び込んでくれたのが・・・
「あ、あゆみちゃん・・・三津子ちゃんも、ありがとう。僕、本当に嬉しいよ。」
僕達三人は何もかも打ち解けた。
一時はどうなるかと思ったけど、本当に良かった。
「直哉君、私にも特上の牛ロースと特上のメロン、お願いね。」
「えっ、まさか三津子ちゃん、しゃべっちゃった?」
「しゃべっちゃいけなかった?」
「ああーっ、また大量出費かぁ・・・こりゃ参ったよ・・・ははは・・・」
「冗談よ。」
「ふぅ・・・助かった。」
「三津子ちゃん、ありがとう・・・それから・・・ごめんね。」
「えっ・・・そんな・・・」
三津子ちゃん、はずかしそうに赤面した。
「そうだ。三津子ちゃん、僕達とここにいないかい?」
「そうね。空木先生には私と直哉君が頼んでみるわ。」
「ううん・・・私、帰るわ。」
「どうして?空木先生だって、きっと歓迎してくれるよ。」
「そうよ。先生、ここも、もっと賑やかにしたいって言ってたし・・・」
三津子ちゃんは、俯いて、話し始めた。
「あの時、あゆみさんが叩きながら私に言った事に嘘は無かったわ。
私、直哉君に甘え過ぎてたみたい・・・甘ったれだったのよ。私・・・」
「もう!・・・それは言わないで欲しかったな。あの時は私だって我を忘れてたんだから・・・」
「それに、あの激流に飛び込んだあゆみさんを見たら、何もかも吹っ切れそうな気がしたの。」
「三津子ちゃん・・・」
気が付けば三津子ちゃんも、何かがふっきれたのか清々しい顔をしていた。
一昨日の暗い面影は少しも残っていなかった。
僕は、窓から空を見た。
そこには雲一つ無い晴れ渡った空が見える。
「三津子ちゃん、男には話せない事なら私に何でも相談しなさい。」
「あゆみちゃん・・・どうしたの?」
「直哉君が兄さんなら、私は姉さんよ!」
「あゆみさん・・・はいっ!姉さん。」
「おいおい三津子ちゃん。僕だって、これからも君を守ってあげるよ。」
「ありがとう・・・兄さん。」
「こうなったら僕も寝てられないな。それっ!」
僕は、寝床から飛び起きた。
「あゆみちゃん、三津子ちゃん。今夜は僕がご馳走するよ。」
「直哉君。お金は大丈夫?」
三津子ちゃんが心配そうに僕に訊いた。
「心配いらないさ。それより、三津子ちゃんは自分の体を心配しなよ!三津子ちゃんは何が食べたい?」
その夜、僕達三人は料亭「軍兵衛」で、豪華な食事をした。
そのために、僕の財布は、一気に軽くなってしまった。
でも、こんな日がたまにはあってもいいか・・・
三津子ちゃんも拒食症だったのが信じられないぐらい食べてたし・・・
三津子ちゃんの栄養失調も、もう心配無いだろう。
いろいろあったけど、本当に良かった。
僕は、この日を忘れはしないだろう・・・

三津子ちゃんは、翌日かもめ荘に帰っていった。
その日も、空は晴れ渡っていた。
三津子ちゃんの心も、この空のように晴れていたのは言うまでもないだろう。

それから約2ヶ月後、あの「綾城家遺産相続連続殺人事件」の電話が掛かる。
その事件で僕は・・・・・(消えた後継者未プレイの方のために秘密)

この数ヶ月後、夏も終わろうとした頃、三津子ちゃんの両親の一家は借金を苦に一家心中した。
両親が三津子ちゃんを追い出したのは借金地獄に彼女を巻き込みたくない一心だったのかもしれない・・・
 

− 冷たい3月雨  完 −
 

では、ちょっと狩人の「青春物語」について触れてみましょう。
ワーナーパイオニアから昭和53年3月25日にリリースされたレコードですな。
多分、知っている人は多いはず。
この話が、それの歌詞に似ているところからBGMに最適だと判断した次第でありました。
よって、一番頭の推薦BGMは一番最後に付け加えたものであります。
 

いやはや懐かしいですな。
これは、今を去ること2年前、2000年3月25日、悠☆殿のHPの「Uの食卓」に「雨の3月・三角関係編」として投稿したものだ。
それを、再び世に送り出すことになろうとは・・・
嬉しいような、恥ずかしいような複雑な心境であります。
悠☆殿が、削除されてから、また見たいと言うリクエストがありました。
それに応えた次第ですが「あんな過激な恐いあゆみは見るに堪えん」と言う意見もあったようなので、
そのような方々が見て、不快な思いをするのを防ぐために忠告を付けさせていただきました。

また、従来のままでは、少し話の流れが掴みにくいと思い、大幅な付け足しを致しました。
それによって、容量は倍以上に増え、あゆみの過激さもまた倍以上に増したかと・・・
今回の修正については、悠☆殿の掲示板で頂いた感想も、考慮に入れて修正を致しました。
つたない私の作品に感想を寄せて頂いた方々には心から感謝しております。

さて、ここまで来れば、もうお解りですな。
「一度見たら、最後まで読みきるべし!」と忠告した意味が。
悠☆殿のHPに載っていた頃、苦情が来たと言う話は承知でしょうが、その苦情の中に
見るに堪え兼ねて、途中で読むのを辞めてしまったという方が存在したからであります。
そのような方々は、それによってあゆみに嫌悪感を残してしまったようですな。
そのような悲劇を防ぐ為の忠告でありました。
 
 

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